小さな時計屋のアラフォー女性店長 金子のブログ

マニアックな中古時計・アンティークウォッチの買取・販売・修理のお店ケイアイウォッチ&金子時計店。
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金子時計店の父から言われた一生忘れられない言葉。
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    “ケイアイウォッチ” 女性店長のブログです女性

    金子時計店の長女、

    国家資格・2級時計修理技能士取得。

     

    ノモスやエポス、オーガストレイモド、レビュートーメン、

    オリエントなどのマニアックな時計、セイコーやオメガなどの

    アンティークウォッチの買取が一番の喜びです。

     

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    昔からやっている家族経営のお店や会社は後継ぎに悩まされることが多々あるかと思います。

    金子時計店もそうで、父の後がどうなるのか祖母も両親も気が気ではありませんでした。

    なぜなら子供が4人もいるのに全部女だったからです。

     

     

    ある意味、母は後継ぎのために4人も子供を産んだとも言えます。

    母にも祖母にも男の子を産まないといけないという固定概念があり、次は男、次は男と2年おきに3人産み

    4人目は産婦人科へ行って男が産まれるためのアドバイスをもらい、アドバイス通り4人目まで時間をあけたと言います。

    が・・・結果4人目も女。

    父は3人目辺りから名前を付ける気力もなくなり、4人目は完全に名前に関与しなかったとか苦笑

    それを4女は苦笑いしながら聞いていましたが、変にグレなくてよかったと思いました。

    ある日母が「私が男を産みきらんやったけん。」と言った時、相当なプレッシャーがあったんだろうなとちょっと同情してしまいました。

     

    5人目はナシ。

    4女が産まれた数年後あたりから、両親の中で長女である私が後継ぎに決まりました。

    1990年代前半バブルで景気が良かったころ、小学生高学年だった私に売り上げのお札を数えさせたり

    (私は全く記憶がありませんが、今聞くといやらしい話ですね -。-;)

    父は「商売、時計屋はこれだけいいもんだ。」ということを伝えたつもりなんだそうです。苦笑

     

    中学生になり、私が時計屋をするもんだと言われた記憶がありますが全く違和感も感じませんでした。

    廊下の壁中に修理品の掛け時計がかかっていて、時間になると一斉に鳴りだす

    家中に置き時計が置かれていて、父はいつもキズミを付けて時計を修理している。

    時計はもはや家中にあって当たり前の空気のような存在だったのと

    お店をやっている両親をかっこいいと思っていたので、私もそれをするんだなとすんなり受け入れました。

     

    学生の時はこんな出来事もあり・・

    時計屋の両親の後継ぎ洗脳作戦

     

    20歳前後で大学を卒業したら時計の専門学校に行くように言われた時ふと

    「当たり前のように時計をやろうとしているけども、これ私がいやって言ったらどうなる?」

    という疑問が湧きました。

     

    そしてある日父にこのように訊きました。

    「時計時計って言うけど、私が時計屋せんって言ったらどうすると?

    たとえば公務員と結婚して北海道に嫁ぐとかあるかもよ。」

    一瞬の間をおいて父がこう答えました。

     

    「それならそれで純子が幸せになるならいいんやないとか。」

     

    父のこの一言があったから私は今も時計屋をやっていられます。

    そうでなければ今のように楽しみながら時計をやって

    好きなアンティークや中古を扱うお店(ケイアイウォッチ)も始められなかったかもしれません。

    おそらく変なプレッシャーや強制された感を感じたり、金子時計店に固執して苦しくなっていたことでしょう。

     

    父が後を継いで欲しいと思う気持ちがどれだけ大きかったか分かっているつもりです。

    それでも「幸せになるんだったら時計屋をしなくてもいい。」と言った父。

    そんな父の優しさや寛大さを表している、一生忘れられない一言です。

    | 金子時計店&ケイアイウォッチ | 時計屋について | 16:49 | comments(2) | - |
    いいお話しですね。金子父さんに会うたびに「いい人だなー」と思います。
    ボクも父親の跡を継いで今があるのです。美術系大学を出て写真家になったボクに(取引先が倒産して仕事が切れていた時)「事務所で働いてみるか?」たったそれだけ1978年の大晦日に言われ「まぁいいか、暇だし…」で、正月明けの1/4から出社(@_@)それから40年、後進に道を譲ったのです(子供がいない)。
    AS(好きなようにしか暮らせない)のボクは何一つ強制はされず、写真家もずっと続けられました。ボクに才能があることを知った上で、それだけでは食べていけないことを分かっていて声をかけたのです。一生に1回だけの「来るか?」でした。そして仕事を通じて経営者として認めた上で70歳でポンと通帳とハンコをボクに渡して引退=その後も6年ぐらい毎日事務所に来ていましたが一言も口出しはしませんでした。その父も12年前に80歳でなくなりました。他にもたくさんのエピソードがありますが、今日はここら辺でお終い。
    ボクも65歳になり「ようやく辿りついた」で番頭さんに引き継ぎました。
    | N☆GY | 2018/03/14 7:00 PM |
    コメントありがとうございます。N☆GY様のお父様も素敵な方ですね!見てないようで向き不向きや状況などを見ていて、言葉少なですがタイミングを抑えた一言を言えるところなど金子父さんと似ているように思います。N☆GY様のお父様のお話しも重なって、一生に一度だけの言葉が人生を決めたり変えたりすることがあることを痛感しました。私もいつか、家族に対してそうゆう言葉を言えるような人間になりたいです。
    | カネゴン | 2018/03/15 1:49 AM |









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